音楽

イタリアでは狐じゃなくてクモが憑くらしい

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 イタリアの文化についての講座をとってます。宗教、芸術、思想などを通してイタリアの全体像をつかみ、イタリア人のアイデンティティーを探っていこうという趣旨らしいです。

 前回はヴァチカンの集金マシーンについてやりました。

凄腕の金庫番がいます。でも怖い世界みたいです。近づかないほうが良さそうです。

 さて今回はキツネ憑きならぬクモ憑きをやりました。

Tarantismoといいます。プーリアなど南イタリアのみに見られた現象だそうで、一説では毒ぐもに噛まれたためその毒でひきつけを起こす現象ともいわれていますが、神がかりPossessione,つまり一種のヒステリー状態になっちゃうんです。主に女性の間で見られるようです。

 クラスで'50年代に撮影されたドキュメントフィルムをみました。

クモ憑き女性の家で村の楽師がバイオリン、タンバリン、ハーモニカなどでテンポの速い曲を奏でてお祓いEsortismoをします。クモ憑き女性は音楽にあわせて奇声をあげながら激しく動き回り、最後に気絶すると憑き物が落ちます。楽師たちは普段は床屋さんや農業などを営んでいますが、お祓いの専門家でもあるのです。

こちらの映像はたぶん映画の一コマだと思いますが、クラスで見たフィルムもクモ憑き女性が気を失うまでこのような速い音楽をずっと奏でていて実際こんな感じでした。)

聖パウロはこのクモ憑きの守護聖人だそうで、6月29日にはSan Paulo di Galatina教会で大祭が行なわれていました。

映像では近隣からつぎつぎとクモ憑き女が教会に運ばれてきて、大声で奇声をあげながらところせましと駆け回ったり床でのたうちまわったりしてます。大きなイベントなので教会のまわりではブラスバンドが音楽が鳴り響かせながら行進し、日が暮れると煌々とイルミネーションが輝き夜店が軒を並べます。

人々のさんざめきと楽隊の音楽とクモ憑き女の奇声が渾然一体となり、イルミネーションの輝きもあいまって妙にシュールな印象をうけました。こういうのってどこかで見たことがあるなあと思ったら、まさにフェリーニの世界でした。

ああいう喧騒、猥雑、混沌ってフェリーニが子供のころの記憶を自分のイメージにあわせてデフォルメしたものだと思っていたけど、昔は地方に行けばどこでも見られた光景だったんでしょうね。

 イタリアの田舎でも近代化とともにクモ憑きも消滅していきましたが、サレントの若いアーチストたちがこのクモ憑き音楽を現代的なポップにアレンジして人気を博しているらしいです。

i Manekaもそのひとつです。

みなさんご存知のことと思いますが、クラシック音楽の舞曲のひとつであるタランテラはこのTarantismoの音楽からきています。

私の好きなのはショパンとヴィニアフスキーのタランテラです。

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A.C.ジョビンとV.ヂ・モライスがイタリア語で話してた

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 暇つぶしにYouTubeでブラジルのアーチストの映像をいろいろみてたら、ボサノヴァの創始者アントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ヂ・モライスがイタリア語で喋っていましたよ。(といってもジョビンはただ相づちを打っているだけだけど)

イタリアのライブだったようです。

ヂ・モライスはブラジルの大詩人であり、元祖ヘタウマの巨匠です。

「黒いオルフェ」(後の映画ではなく舞台です)の脚本を書き上げ舞台音楽の作曲家を探していた時、ある人に紹介されたのがジョビンでした。

ちなみにこのときの舞台の美術担当は首都ブラジリアの主要建築物を設計したオスカー・ニーマイヤーです。

 ところでこのイタリアでのライブでは、2大巨匠のほかにトッキーニョとミューシャも出演しています。

イパネマの娘 Garota de Ipanema

Tarde em Itapoa

Vai Levando(はじめにミューシャとトッキーニョが歌っているのはSamba pra Viniciusです)

Samba de Orly

ボサノヴァファンにとってはとても貴重な映像です。

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カーボヴェルデの音楽

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 ポルトガル語の授業でアフリカの旧ポルトガル植民地Cabo Verdeについての話が出た時、そこの音楽でMornaというのがあると教わりました。

ポルトガルのFadoやブラジルのModinhaがあわさったようなタイプの音楽で、伴奏はピアノ、ヴァイオリン、カヴァキーニョ(ウクレレみたいな楽器)アコーデオンなどのアコースティックな楽器です。ポルトガル語が変化したクレオール語で歌われます。

独立以前はポルトガル当局から国民的音楽としての地位を与えられていたようです。

上に掲げたCesaria Evoraは国を代表する歌手で(アマリア・ロドリゲスや美空ひばりみたいな)、いまやインターナショナルな存在で日本でもコンサートを行って以来人気があるそうです。"Sodade"(クレオール語でsaudadeのこと)のヒットで国際的な地位を確立しました。

Ildo Lobo(1953-2004)は惜しくも4年前に亡くなりましたが、彼もまた国民的なモルナ歌手でした。

 カーボヴェルデは面積4000平方キロメートル、人口50万の小さな国であるにもかかわらず、音楽はMorna以外にもFuna'na,Funacola、Batuqueなどジャンルも幅広く、それぞれから多くのアーチストを輩出しています。

Fna'naはもともとアコーデオンとferrinhoと呼ばれる金属を打ち鳴らす打楽器の伴奏による単旋律の音楽でした。歴史は浅く、20世紀にサンチャゴ島にアコーデオンがもたらされてから生まれた音楽らしいです。国家独立以前、Mornaがポルトガル権威筋から高いステータスを与えられていたのに対して、funa'naは”卑俗な(つまりアフリカ的な)”音楽として低い地位におしとどめられ、首都では禁じられていました。日の目をみたのは独立後です。

Funa'naがMornaに匹敵するジャンルに成長した背景には、70年代に入ってCatcha'sBulimundoがジャズやクラシックの要素をとりいれ、伴奏もギターやドラム、シンセサイザーなどを導入して若者の間で広まったことや、フランスでランバダに続く大ヒットとなり、国際的な地位を確立したことにあるようです。

ダンスのジャンルとしてのFna'naもあります。こちらの映像はショーダンスとして撮影されたもののようで、民衆の踊るものはもっとダイナミックです。

Bulimundoから分かれたFinac'onはFuna'naにColadeira(Mornaの変種)をフュージョンさせたFunacolaという新しいジャンルをうちたてました。

 Batuqueはカーボヴェルデの音楽で一番古いジャンルといわれています。もともとは女性のダンスミュージックだったそうで、Funa'na同様独立以前は低い地位におしとどめられ、首都では禁じられていたらしいです。リズムに特徴があるようです。80年代にOrlando Panteraが現在の形であるNeo-Batukをうちたてましたが、彼自身は録音を残すことなく、2001年に亡くなってしまいました。

現在BatuqueのアーチストというとPanteraの次の世代です。TchekaLuraのほかにMayra Andradeというインターナショナルに活動している歌手がいます。

彼女はキューバ生まれで父親がカーボヴェルデ人です。ブラジル音楽からも多大な影響をうけており(実際アレンジをブラジル人が担当することも)、音楽によってはブラジル的な響きがします。現在フランスに住んでおり、シャルル・アズナブールとも共演しています。

(ポルトガル語ですがインタビュー記事がありました。)

彼女の歌がフォルクロールというよりはヨーロピアンポップミュージックと呼んだほうがふさわしいのに対し、TchekaやLuraの歌は現代風ではあるけれど土着の香りを色濃く残しています。

 こちらのサイトはフランス語ですが、音楽をはじめカーボヴェルデのさまざまな情報がのっています。

 こちらはアフリカの主だったアーチストのパーフォーマンスが見られます。

 またアーチストに関する情報や試聴はこちらでどうぞ。誰か一人を検索すると、その人と同じジャンルのアーチストを検索できるようになっています。言語は多少選べます。

 

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アンゴラの音楽事情

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 ジャヴァンが初めてアンゴラツアーをおこなって以来、特に首都ルアンダではカリスマ的存在らしいです。アンゴラのアーチストともよく共演しているようです。

 こちらはアンゴラで最も人気のあるグループのひとつ、SSPが最近ニューアルバムをリリースしたという記事ですが、アンゴラとブラジルで録音を行い、ブラジルではジャヴァン親子も参加したそうです。何曲か試聴できます。ビデオクリップは画像がコマ切れになってしまいますが。

 アンゴラといえば、内戦時代に社会主義政権MPLAを支援するためにソ連とともにキューバも大量の義勇兵を送りこんできました。

キューバといえば音楽大国です。当時大勢のキューバ人がいたということは、アンゴラの音楽に何らかの影響をおよぼしてもおかしくないと思い、少し調べてみました。

 するとやはり1980年代の初めに、特にキューバンルンバの影響をうけたことがわかりました。社会主義政党であったMPLAは同様に社会主義国家であるキューバの音楽を奨励していたことが大きな要因でした。民族的色合いの濃い他のアフリカ旧ポルトガル植民地の音楽と異なり、ラテンミュージックの影響をうけたアンゴラの音楽はインターナショナルな性格をもち、音楽ビジネスでかなり成功をおさめているようです。

 今日のアンゴラではヒップホップが全盛のようで、それ専門のサイトがあります。

 アンゴラも他のアフリカ諸国と同様地方と都市の格差ははかりしれないと思いますが、首都ルアンダではかなり文化的に刺激がありそうです。こちらのサイトでは音楽や演劇から文学にいたるまでアンゴラの文化全般の情報が得られます。

 こちらはアンゴラの主だったアーチストの動画がみられます。

  結構日本にいながら今日のアンゴラが垣間見えます。

  

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ジャヴァンとアンゴラ

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 前回アンゴラの首都がルアンダであると学んだとき、そういえばジャヴァンDjavanのアルバムSeduzir(誘惑)にLuandaという歌があったのを思い出しました。それまでフツ族とツチ族の紛争のあったルワンダRwandaと混同していたので歌詞も読まずに(歌詞カードはポルトガル語のみだったので)争いと平和かなんかの歌だと勝手に思い込んでいました。

 そこで今回ちょっと調べてみました。

 1980年ジャヴァンはコンサートツアーで初めてアンゴラに行きます。そこで非常に大きなインパクトをうけ、以後彼の作品はアフリカ色が加わるようになります。

 アルバムSeduzirはこのツアーと同年に発表されました。彼のアフリカに対する思い入れがもろに表れており、ブラジル人である自分のルーツがアフリカにあったという新たなアイデンティティーの発見の感動がうかがえます。

 Luanda(歌詞はこちら)というタイトルの歌の中に、

Num grito da Mae Oxum
Dizendo:
Menino onde e' que tu anda
Eu te batizo africamente

「どこへいくのかい、坊や。お前をアフリカ式に洗礼してあげるよ、と母なるオシュンは叫ぶ」

というくだりがあります。Oxum(OsunまたはOshun)とはナイジェリアの河で、ヨルバ神話では河の女神として登場します。ブラジルでもカンドンブレ(主にアフリカ系ブラジル人の間で信仰されている民族宗教)の神として信仰されています。

 DjavanはこのOxum神の中にブラジルとアフリカをつなぐ強い絆を見出したのではないでしょうか。

 またこのアルバムの最後はアンゴラの土着語であるKimbudu語の歌"Nvula ieza kia"とUmbundu語の歌"Humbiumbi"(アンゴラでは日の出を告げる小鳥らしいです。こちらで聴けます)で締めくくられています。

 他は全曲ジャヴァンの作詞作曲ですが、これら2曲だけアンゴラのアーチストだと思いますがFilipe Mukengaという人の作です。

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ブラジル版広辞苑の著者はシコ・ブアルキのおじさんだった

    

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 ポルトガル語の辞書を買いました。今まで使っていたのは柏書房の「ローマ字ポ和辞典」とWebsterのポ英辞典です。ポ英辞典は以前ブラジル人の先生がお里帰りなさったついでに買ってきていただきました。約6万語掲載されており、ブラジルでは一番いいポ英辞典らしいです。ローマ字ポ和辞典はブラジル人向けに書かれたのか日本語がローマ字表記になっていて非常に読みにくいです。約1万6千語載っています。いずれもブラジルポルトガル語です。

 ポルトガルの教科書を使い始めてからこれらの辞書に出ていない言葉と出くわすようになり、また同じ単語でも意味や使い方が違うものが結構あったり正書法もブラジルとポルトガルで違っていたりして、ポルトガルのポルトガル語も載っている辞書がほしくなりました。

 白水社の「現代ポルトガル語辞典(改訂版)」がブラジルポルトガル語を基調としながらもポルトガルポルトガル語も取り上げているということで買いました。

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 旧版は1996年に刊行されたらしいですが、今回買ったのは改訂版で2005年に出ています。ブラジルポ語のみの旧版と異なり新版ではポルトガルおよびアフリカで用いられている用法も取り入れられているそうです。しかし今回も執筆陣が主に参考にしたのはブラジルの辞書で日本でいえば広辞苑にあたる"Novo Dicionario Aurelio da Lingua Portuguesa"や"Novo Aurelio Seculo ⅩⅩⅠ"で、著者はAurelio Buarque de Holanda Ferreiraという人です。

 と、ここでブラジル音楽ファンなら「あれっ」て思うはずです。ブラジルの偉大なシンガーソングライターChico Buarque de Holandaと同姓ではないですか。Buarque de Holandaはそうざらにある名前ではありません。これがSilvaとかだったら気にもとめなかったのですが。

早速シコ・ブアルキで検索したところ、アウレリオ氏はシコのおじさんであることがわかりました。シコ・ブアルキがインテリ家庭に育ち(お父さんのSergioは著名な歴史・社会学者です)、彼自身インテリであることは知られていました。しかし何とおじさんまでもがブラジルを代表するポルトガル語の専門家だったとは。

 シコは60年代に反体制活動をおこなったかどで時の軍事政府から弾圧され、一時イタリアで亡命生活を送っていたことがあります。彼の思想的背景にはお父さんの影響が大きかったに違いありません。

 さらにおじさんのアウレリオ氏が文学および国語学者だったこともまたシコの創作活動に影響をあたえたのではないでしょうか。ちなみにシコは作家としても活動をしています。著書"Budapest"は当時の亡命生活の体験から書かれたようです。

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 こちらに英語ですがシコ・ブアルキのインタビュー記事がのってます。興味のあるかたはどうぞ。

http://observer.guardian.co.uk/review/story/0,6903,1263678,00.html

 

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小野リサの強みはポルトガル語にある

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昨夜NHKのBSでアントニオ・カルロス・ジョビン生誕80周年記念と銘打った小野リサのコンサートが放映されました。ジョビンの息子パオロがギターとボーカル、孫のダニエル(だったか?)がピアノで共演し、特別ゲストにミューシャMiuchaが数曲うたいました。パオロの作った"Samba do Sohoソーホーのサンバ"以外はすべてアントニオ・カルロスのナンバーです。

 ジョビンの作品は、美しいポルトガル語の響きをいかに活かしてメロディーにのせるかが一番大きなポイントだと思います。かのジョアン・ジルベルトは若い頃、理想の発音に到達するまでいろいろ試行錯誤して苦しんだそうです。というのもジョビンの作品は曲とともに詞も大切で、特にボサノバ史上重要な作品はブラジルの大詩人、ヴィニシウス・ヂ・モライスが書いているのです。ジョビン自身もとても美しい詞を書いています。

 さて、昨日のコンサートですが(もちろんジョアン・ジルベルトやエリス・レジーナと比べるような酷なことはしません)、彼女のポルトガル語がとてもきれいに響いたので感心しました。ブラジルで暮らしていたのはたかだか小学校時代までときいていますが、よくあれだあけ美しい音楽的な響きで発音できるなあと思います。おそらくプロの音楽家を目指していた頃、いろいろ模索していたのではないでしょうか。実家がライブハウスをやっていて、常にブラジル人のアーチストに囲まれて育ったという環境的なこともあるのでしょう。お父さんが昔バーデン・パウエルのマネージャーをなさっていたらしいと聞いたことがあります。

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 MPB(ブラジルのポピュラー音楽)の愛好家が日本にもかなり増えたわりに小野リサ以外にブラジル音楽でメジャーになった日本人はあまり聞きません。ラテン音楽で活躍している日本人はたくさんいるにもかかわらずです。日本人にとってポルトガル語を美しく発音するのがむずかしいのと、日本語の歌詞をつけようとしても日本語がなかなかブラジル音楽のリズムにのりにくいからでしょう。フレンチポップスではずいぶんボサノバ調の曲がありますし、ジョビンの曲もフランス語で歌われているのをきいたことがあります。

 小野リサ自身は最近ではあまりポルトガル語にはこだわらず英語でもずいぶん歌っていますが、あくまでも響きはポルトガル語のそれで、彼女独特の雰囲気が出ていて好きです。彼女に独自性を与え、また彼女の強みにもなっているのは、やはり身に染み付いたポルトガル語の発音とその言葉の持つリズム感ではないでしょうか。

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アントニオ・カルロス・ジョビンが夏の終わりを感じるもの

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 常軌を逸した暑さもやっとおさまり、昨日の夜には早くも秋の虫の音がきこえてきました。まだ日中は暑いですが、日が傾いてくると夏も終わりつつあることを感じさせられます。

 日本は四季の移ろいがはっきりしている分、私たちはさまざまなものを通して季節の変化の予兆を敏感にかぎとります。

反対にブラジルは何となく常夏の熱帯というイメージがあって、住んだことのない者にとってはかの地の季節感はなかなか想像しがたいです。

ところが歌を通して見ると、ブラジル人も季節の移ろいをとても繊細に感じ取る国民であることがわかります。

 アントニオ・カルロス・ジョビンの ”Aguas de Marco三月の雨”は曲のみならず歌詞も彼が書いています。(歌詞はこちら

単調な調べにのせてE' pau e' pedra,e' fim de caminho・・・とただ名詞が列挙されています。

挙げられている単語は

棒切れ 石ころ 道のはずれ 切り株の残り ガラスのかけら 命 太陽 死 夜 故障した車 手の棘 足の切り傷 降りしきる雨 三月の水(aguas=雨)などなど。

動詞はそれぞれの名詞の前にE'(~である)があるだけです。つまり歌詞の意味は「棒切れです 石ころです 道のはずれです」とただただ続いていくのです。そして節の最後で

Sao as a'guas de marco fechando o verao(夏に終止符をうつ雨です)とあって、やっとわれわれ外国人にも夏の終わりを歌っていることがわかります。

 この歌を初めて聴いたのは高校生のころで、父が出張でブラジルに行ったときに、お土産にこのLPを買ってきてくれました(当時はCDなどありません)。聴いていても、ただ単調なメロディにのって単語が羅列されているだけで、耳には妙に残るのですがとりたてていい曲だとは思いませんでした。

 ところが後年、ポルトガル語を習っていたときに何かのきっかけでこの歌が話題にのぼりました。その時先生が「この歌に出てくるものってみんな夏の終わりって感じをよくあらわしているのよね」としみじみおっしゃったのです。3月と聞くと、どうしても瞬間的に春到来とイメージしてしまうので、先生の解説を聞かなければ夏の終わりの歌なんだという感覚がわきませんでした。

 この歌でジョビンは、取るに足らない残骸のようなものにも一つ一つ夏のおもかげを見出し、それらが夏の終わりを告げる三月の雨で濡れていく様子をいとおしみながら、過ぎ去りゆく夏に対するSAUDADEサウダーヂを表していたのです。

 まさに今の時期に聴くのにうってつけの曲です。

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タブッキの「ビオラ」の謎がとけた

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タブッキの作品「供述によればペレイラは」(Sostiene Pereira)でペレイラが初めてモンテイロ・ロッシ青年に会う場面があります。(16ページ)

コインブラギターのメランコリックなメロディがきこえてくるのですが、実際に二人の老楽師がギターとヴィオラを演奏しているのです。ペレイラは自分も学生時代にコインブラの音楽をヴィオラを演奏していたことをなつかしく思い出します。

 ここでちょっとひっかかったのですが、一般的に街の楽師が演奏するのはバイオリンであってビオラ(バイオリンの少し大きいの)ではありません。またわが国の皇太子殿下の例をあげるまでもなく、クラシック音楽でビオラを愛好する学生はいますがポピュラー音楽をビオラで演奏するなどふつうは考えられません。

以前ギターのことをポルトガル語でVIOLAOといいGUITARRAは12弦あるマンドリンのような形をしたポルトガルギターを指すと習ったので、ヴィオラとはギターのことかとも考えましたが、原作を見るとVIOLAと書いてあります。ポルトガル語が専門のタブッキが間違えるはずもないしともやもやしたまま詳しく調べもしませんでした。 

 ところが、ポルトガル語を再開したのでポルトガル関係のサイトを見ていてFADOに関する記事を見つけました。

なんとファドの世界ではヴィオラとはクラシックギターを指すと書いてあるではないですか。早速ウィキペディアのポルトガル語版を見ると、GUITARRAとはギター族の総称で、普通のアコースティックギターはポルトガルではGUITARRA CLA'SSICA、ブラジルではVIOLAO、ファドの世界ではVIOLAと呼ばれているそうです。(ただVIOLAはブラジルではウクレレのような小さなギターのことを指し、種類も幾つかあるようです。通常CAVAQUINHOと呼ばれているようですが。)

 小説の中でギターとあるのはポルトガルギターのことで、コインブラギターとリスボンギターという2種類あるうちの前者を指します。リスボンに住んでいるペレイラがコインブラギターの奏でるコインブラ民謡を聞いてSAUDADE(郷愁)にかられたわけです。

 このようなことを須賀さんもわかっていた上でギターとヴィオラというふうに訳されたのでしょうが、ファドの愛好者でもない限りギターがマンドリンの親玉みたいなものでヴィオラが普通のアコースティックギターなどとは想像もつきません。

 ちなみにドイツ語訳(Erklaert Pereira)ではGITARRE(ギター)とGEIGE(バイオリン)と訳されており、訳者の困惑ぶりがうかがえます。

供述によるとペレイラは… Book 供述によるとペレイラは…

著者:アントニオ タブッキ
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